抑草のための水田深水管理における イネ深水抵抗性に関わるゲノム領域を特定 -農薬削減、持続的な食料・農業生産に貢献-

 当社取締役中村哲也、東京農工大学大学院連合農学研究科磐佐まりな氏、同大学農学研究院生物生産科学部門大川泰一郎教授、農研機構西日本農業研究センター浅見秀則氏らの研究グループは、除草剤を減らして、水田の雑草発生を抑制するための深水管理条件におけるイネの旺盛な生育に関わるゲノム領域を特定することに成功しました。この成果により特定されたゲノム領域を品種改良に利用することで、除草剤を減らし環境負荷を軽減した持続的な農業生産の拡大につながることが期待されます。

本研究成果は、Riceに2023年11月25日に掲載されました。
掲載誌:Rice
論文名:Identification of genomic regions for deep-water resistance in rice for efficient weed control with
reduced herbicide use
著者: M. Iwasa, K. Chigira, T. Nomura, S. Adachi, H. Asami, T. Nakamura, T. Motobayashi and T. Ookawa
掲載URL: https://doi.org/10.1186/s12284-023-00671-y


現状
 環境負荷を軽減し持続的な食料・農業生産を目指したイネの有機栽培や除草剤の使用頻度を半分以下とする特別栽培においては、様々な雑草種が水田で出芽・成長し、雑草との生育競合によってイネの生育は抑制され収量も低下します。雑草を除去したり雑草を抑制したりする(雑草防除といいます)のに要する多大な労力は、農林水産業の生産力強化と持続可能性向上の両立を目指して農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」における環境負荷を減らした農業生産の拡大において大きな問題です。イネの移植直後の生育初期に水田の水位を10~20 cmほどの深さに数週間保つ深水管理は、効率的な抑草技術として古くから行われてきました。深水管理は、水田雑草タイヌビエの出芽や生育の抑制に高い効果がある一方、イネの生育も抑制してしまいます(図1)。深水管理条件下でのイネの生育抑制を最小限にするためには、深水に強く高い深水抵抗性を示すイネ品種開発が不可欠です。
 東南アジアや南アジアでは、しばしば水位が数メートルにも達する洪水が数か月続きます。洪水による冠水に適応した浮イネは、背丈を急激に伸長させることで冠水下の過酷な環境を生き延びることができます。これまでの研究により、浮イネの急激な伸長を引き起こす複数の遺伝子が明らかにされてきました。しかしながら、抑草を目的とした水位10~20 cmほどの深水管理下におけるイネの生育初期の深水抵抗性に関する生理、遺伝学的研究はほとんど行われていませんでした。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院農学研究院、農研機構西日本農業研究センター、有機米デザイン株式会社らのグループで実施しました。本研究の一部は、JST COI-NEXT「カーボンネガティブの限界に挑戦する炭素耕作拠点」(JPMJPF2104)、東京農工大学における文部科学省「卓越大学院プログラム」、および東京農工大学における「FLOuRISH次世代研究者挑戦的研究プログラムフェローシップ制度」の援助を受けて行われたものです。

研究成果
 日本国内から収集した温帯ジャポニカイネ品種165品種を用いて、20 cmの深水条件におけるイネ生育の品種間差異を明らかにしました。さらに、深水抵抗性に関わるゲノム領域とその中に存在すると考えられる原因遺伝子の探索を行いました。深水抵抗性の指標には深水処理終了後のバイオマス量を用いました。

(1)温帯ジャポニカ165品種における深水処理終了後のバイオマス量を比較したところ、深水によりほとんど枯死してしまった品種が存在した一方で、わずかなストレスしか受けていない品種も存在し、幅広い多様性がみられました(図2)。また、関連解析の結果、深水条件のバイオマス量は生育初期の草丈と茎数に強い関連性があることがわかりました。生育初期の草丈の高さは、植物体の完全な水没を回避し、正常なガス交換および代謝活動の維持に重要であり、茎数の多さは、水面上に葉を多く展開し、活発な光合成をおこなうために重要であると考えられます。草丈と茎数との相関関係は弱いことから、これら2つの性質は独立して向上できることが示唆されました。

(2)生育初期における深水条件の草丈と茎数を制御するゲノム領域を明らかにするため、ゲノムワイド関連解析(GWAS)を行いました。GWASは、品種間のゲノムの違いと草丈や茎数などの性質の違いとの関連を網羅的に解析する統計学的手法です。その結果、草丈に関わる主要なゲノム領域を第3染色体上に、茎数に関わる領域を第4染色体上に特定しました。これらのゲノム領域では、日本晴と異なる「変異型」のDNA配列を持つ品種で草丈が大きく、茎数が多くなることがわかりました。草丈に関わる第3染色体上のゲノム領域には、植物の茎を伸長させる働きを持つ植物ホルモンの1つであるジベレリンの生合成に関わる遺伝子OsGA20ox1が含まれ、草丈が大きい品種はOsGA20ox1の相対発現量がより高いことから、有力な候補遺伝子と考えられました(図3)。また、茎数に関わる第4染色体上のゲノム領域には、葉の形態形成や穂数に関わる遺伝子NAL1が含まれることがわかりました。NAL1の遺伝子コード領域上の一塩基置換がアミノ酸変異を引き起こしていることから、これが茎数の制御に関連する有力な候補遺伝子と考えられました(図3)。

(3)深水条件の草丈および茎数に関わる第3、4染色体上のゲノム領域がどちらも変異型のDNA配列である品種は、どちらも日本晴と同じ「参照型」のDNA配列である品種に比べて、深水条件下のバイオマス量が高いことがわかりました(図4)。このことから、これらゲノム領域を組み合わせることで、深水条件下でのイネの生育を高め、深水抵抗性を強化できることが示されました。

今後の展開
 本研究で特定されたイネの深水条件の草丈と茎数に関わる2つのゲノム領域を品種育成に利用することで、イネの深水抵抗性の向上が期待されます。深水抵抗性の高い品種を用いて深水管理を行うイネ生産は、除草剤を減らした特別栽培や有機栽培といった持続的な農業において、雑草防除の省力化およびイネ収量性向上の双方に有用であり、日本および世界の食料生産の増加、安定化に貢献することが考えられます。
 今後は、深水抵抗性の高い品種と水田用自動抑草ロボットである「アイガモロボ」など最新のスマート農業技術とを組み合わせ、さらなる除草作業の省力化やイネ収量向上および環境負荷を減らした食料・農業生産の拡大に貢献することを目指します。
 

図1 20cmの深水管理中の生育初期のイネの様子(深水処理17日後)。深水により一部の個体が黄化、枯死し茎数が減少してしまったイネ(黄色破線手前)と、ストレスをほとんど受けず旺盛に生育しているイネ(黄色破線奥)の様子。

図2 深水条件下における温帯ジャポニカ165品種の地上部バイオマス量の頻度分布。

図3 候補遺伝子OsGA20ox1およびNAL1のDNA配列(a, c)および相対遺伝子発現量(b, d)。 Alt:変異型のDNA配列を持つ品種、Ref:参照型のDNA配列を持つ品種。*, **, *** のついたデータは統計的に有意な差があることを示す。

図4 検出した2つのゲノム領域における遺伝子型と、深水処理後の地上部バイオマス量との関係。 最も左のボックスプロットが、2つのゲノム領域すべてが「参照型」(Ref)であった品種を、最も右のボックスプロットがすべて「変異型」(Alt)であった品種を示す。括弧内の数字は各遺伝子型を持つ品種数を示す。* のついたデータは統計的に有意な差があることを示す。

 
◆研究に関する問い合わせ◆
  東京農工大学大学院農学研究院
   生物生産科学部門  教授
   大川 泰一郎(おおかわ たいいちろう)
       TEL/FAX: 042-367-5672
       E-mail:ookawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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